人気ブログランキング | 話題のタグを見る

日常のホツレ

「むう……猫からは和み物質ナゴミンが出ているという学説は本当であったか」

 いや、んな訳ないけど。





―――あくまでも黒猫―――

 黒猫と和む。
 我ながらびっくりする勢いでパン二つというか、ロシアパンを片付けた。
 コロッケパンは普通に食えるが、ロシアパンのでかさは大概異常なので、半分食い残すのが常なのだが。

「ま、残すよりはいいか。
 さて、休み時間も後5分くらいだし、教室に戻ると……お前、静かにしてろよ」

 猫に向かって釘を刺す。
 普通なら釘さす以前に教室に連れて行くのも無理だが、なぜかこの猫は大丈夫な気がする。
 というか3,4限の間、僕にも気づかれてなかったしな。 お茶に気をつけてれば放課後まで何とかなるだろう。

「大丈夫だよな」

「なぁ」

 良い返事だ。 うん、多分大丈夫。
 ゴミを袋に詰めて、お茶を担いで猫を拾って立ち上がる。

 ん?

 軽い眩暈。
 足がもつれ、たたらを踏んでしゃがみこんだ。

 なんだ? なんだ?

 突然、体を何かに押さえ込まれているような窮屈さを感じた。
 空気が粘性と重さを持ったようにのしかかってくる。
 心臓に鈍い痛み。

「なぁーぅ」

 猫の心配げな声が遠い。
 いきなり何事……苦しい。 思考が濁る。
 頭に酸素が回らない。 視界に黒い幕が下りて……。

―――観測者は……

 なんだ? 何か頭の中に言葉が湧き上がって

―――観測者は、最も可能性の高い、ありふれた事象を固定しようとする。

 観測者? 誰のことだよ。

―――ふむん、強いてあげるなら……そこに居る奴とかかね。

 かすむ目で指し示された意思の方を見る。
 なぜか手指で示されたわけでもないのに『そこ』が判った事に驚くよりも、『そこ』に居る『奴』の姿に頭が真っ白になった。


 何故ならそこには。
 さっきまで何も居なかった筈のそこには。


 「う、うまぁあああああ」

 馬が居ました。
 でかいです。
 鼻息荒いです。
 めっちゃこっち睨んでます。

「あああぁぁぁぁぁぁあああ」

 なんか、今にもこっちに突っ込んできそうな様子で蹄鳴らしてます。
 あんなのに突っかかられたら、体が丈夫とか弱いとか区別無く死んじゃいます。

 『男子高校生、真昼間に構内で馬に蹴られて死亡』

 なんだか、そんなキャプションが浮かんだ。
 冗談じゃない。

「だああああ、誰の恋路も邪魔してねぇえええ」

 叫んだ瞬間、体の中に力が戻り、圧し掛かっていた負荷がとんだ。
 辺り中の空気がピシリと歪んで砕けた。

「シャァ――」

 猫の何処から出たんだろうと思うような、怒りを込めた恫喝の声が聞こえた。
 慌てて一瞬こちらに近寄らんとした馬が、その声に怯んだように後ずさり、姿を消した。

―――ふむ、何とかなったか。

 その言葉を最後に、意識が浮上を始めた。






「あれ? 僕、何してたんだっけ?」

 首の後ろに引っかかるような違和感。

「ああ、そうか……馬か……馬ねぇ。
 夢だったり、」

 見下ろすといつの間にか手元から黒猫が地面に立っていた。

「うなぁー」

 じっとりと濡れたシャツと見上げてくる黒猫が、今あった事を夢現にしてしまう事を許さなかった。
 
「しない訳か……」

 参った。 僕はこんなホラー向きの人材じゃないのに……。 
by katuragi_k | 2006-12-14 22:03 | あくまでも黒猫
<< 日常乖離 日常事態2 >>