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一哉、お仕事の事

「やあ、元気してるかい?」

 嬉しそうとも、からかい混じりにも受け取れる声。

「雨月さん。 なんか企んでません?」

 一哉は理由も無く嬉しそうな雨月の声に胡散臭げに問い返す。

「嫌だなぁ。 一哉君に僕が何かするとでも?
 そんな風に疑われると僕は悲しいよ」

 悲しいと言いつつ笑いを噛み潰しているようなくくくくという声が漏れている。 恐らく判ってやっているんだろうという事がわかる自分が悲しいと一哉は思った。

「前振りはいいですから、本題をお願いしますよ雨月さん」

「いつからそんな潤いの無い子になってしまったんだろうね……お兄さんは悲しいよ」

 雨月がよよよよと嘘泣きをする。

「いい加減にしましょうね。
 ……因みに潤いがなくなったのは雨月さんに仕事を回されだしてからですよ」

 うぐっと詰まった雨月の声。 判ってるんじゃないかと一哉は受話器を握りつぶしそうになった。

「しょうがないね……仕事の話をしようか。
 行って貰いたいのはねえ……」

 しょうがなくもねえし、イキナリ行く事になってるのもなんでなんだと一哉が突っ込む。

「……って訳なんだよ。 じゃあ、よろしくねっ」

「聞いてねえええええ!! よろしくじゃねええええ!!」

「200出すよ」

「了解……」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「くう……やはりやめとくんだった」

 山を登るに連れて濃くなってくる気配。 あやかしにあるまじき重い気。 どう考えても狐狸犬の類で纏える気配じゃない。 運が良くて禍り神、悪けりゃ仙妖……最悪マジものの神霊って線も。

――ケーーン

 遠くに大きな気配の揺らぎを感じた。 見上げると霧深い峰に黒い大きな獣の影が躍っていた。 細く鋭い鼻先から流れるような優美なシルエット。 そして流れる尾の姿。

「うーわ狐か……最悪だな」

 古来、狐の伝承は多い。 どうしようもない間抜けな話もあれば、ほのぼのとした昔話、悲恋も……残虐な話に狐憑きまで。 こと日本では狐に狸に蛇と化けるとくれば誰にも思いつく動物のトップだろう。
 それだけに相手にして一番厄介でもある。 極端な話、何処かの巨大ロボットじゃないが神にも悪魔にもなる訳だ。 特にこれだけの力の有る相手はまともにぶつかるなんてのは自殺行為……ああ、やだなあ。 何とか交渉が出来ればいいんだけど。 雨月さんに聞いた事をちょっと復習してみよう。

 ・この山に祭られていた神さんというのは、会では特定されていないらしい。
 ・祭殿やら祭事の社というのも無いらしい。 ただ、自然崇拝の遺跡っぽいというか塚があるとか。
 ・この山にはふこさま、ふっこさまとか言う名が付けられて拝まれてるそうだ。 もしかすると山自体を神聖視した名残かもしれない……古けりゃそれだけ力が有ると見て言い。
 ・ふこさまだが謂れ的な事はよく判らん。 でも、山が啼くと悪い事が起きるだとか、知らせのおかげで洪水から助かっただのと言う話が有るそうだ。 祟り神だとか鬼の類ではなかったという事か。
 ・山が啼くという話で、興味を引いたのは山頂近くに風穴が有るという事。 塚もその辺りに有ったらしい。
 ・事件が起こり出したのは、ここ2-3年の事だそうだ。 最初は単に地滑りが多く起こったとかで、けが人とかも対して出たりはしなかった。 それがここ数ヶ月、山の中で作業員が生活しだしてから事故じゃなくて直接何かに襲われるとか……その前後で山から大きな音が響いたそうだ。
 ・つまり、簡単に言って山が神域だったのに、警告無視して人間が入ってごちゃごちゃやりだしたんでとうとう実力行使になったって事ね……一番簡単な手段は、人間が引く事なんだけどねえ。

「こりゃ、風穴に行ってみるしかないか?」

 日が落ちるまでにはもう余裕が無いが、なんとかなるだろう……一哉は方向を確認してまた歩き出した。

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「こりゃ凄いな」

 目の前にあるのは風穴というよりも洞窟見たいなものだった。 そこから凄い風が吹き出している。 辺りに鈍い音を響かせているが、時折高く唸る。 風穴近くには石組の塚がある。 塚というよりもストーンサークルみたいにも見える。 辺りは木々もまばらで風穴のまん前以外は静かな物だ。 流石に怖いが今日はここで夜を明かす事にする。
 火を起し、湯を沸かす。 インスタントラーメンを作る。 ゴミはきちんと集めて荷物に入れる。 ちゃんとふこさまに礼をとっておく。 喧嘩しに来たわけじゃない。

「とりあえずは何事も起こらないな」

 様子見か一応の礼を取る者には寛容なのか。 食事が済んだ後、一哉は寝袋を準備して床に付く。

「出来れば穏便なアクションが有ると良いんだけどな」

 そう呟いて一哉は眠りに落ちた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「んん?」

 気配を感じて一哉が目覚めた。 傍らに大きな気配が佇んでいる。

「ふこさま?」

 体を起すと、気配の主が姿を現した。 小さな姿。 風を纏い、かすんで見える銀の狐。 そうか、風弧さまって事か。 ちょっと待てと一哉は思った。 ひのふのみのよ……ななつ。 七本の尾? 

「なんか中途半端な……猫じゃ有るまいし」

――……!!

 山が唸った。 一哉の言った要らん事で怒ったのだろうか、風の唸りが高まり地響きが続く。

「だー!! すいません失言です!!」

 慌てて叫ぶと唸りがなりを潜めた。

――寄木の眷属、約定を果たしに来たか。

「はい??」

 何か、聞き流せない事を言われた一哉はポカンと大口を開けて固まる。 

「あの、僕はですね」

――寄木の眷属ではないのか?

 ジリッと一歩進む影。 威圧されて一哉はひきっと硬直する。 

「ですけどね。 いや、あの」

 一哉の肯定と同時に嬉しげな気配が近づいてくる。 ただその嬉しいは……美味しそうとよく似た感じだった。

――では約定を果たして貰おう。

 風の気配がはじけ大きく広がる。 密度は変わらずそのまま一哉を飲み込もうと回り中から覆いかぶさってくる。

「約定ってなんなんだー!? うわああああ」

 硬直した体を何とか無理矢理大地に倒し、叩きつけられた痛みで覚醒させる。
 衝撃は思った以上に大きく、息が詰まる程に痛かったが痛みの通り過ぎた後には体の縛りは解けていた。

「火鬼招来!! 瞬炎!!」

 声が出ない声でパチパチと小さく爆ぜるおき火に向かって叫ぶ。 そしてまだ鈍い足で大地を蹴っ飛ばしその場から飛び退る。 小さな炎は一瞬小さく震え、次の瞬間辺りを真っ白に燃え上がらせた。 闇夜に光があふれ、後ろを向いていた一哉ですら視界に光が焼き付いている。 風の気配は千々に乱れ先程の脅威は感じない。 だが一哉は息を殺しジッと様子を伺う。

「あんな一発芸でどうにかなる相手じゃない筈……あうう、目がチカチカする」

 怖いが全身の感覚を外に向かって広げつつ、目を瞑り焼きついた赤い光を回復させる。

「げっ……」

 漠然と感覚を広げていて、はたと気付いてしまった。 まだ居る。 居るどころじゃない。 さっきとは段違いの……山全体に先程の気配を感じる。

「文字通り、山の主か」

――先程は面白い呪いを見せて貰った。 返礼させて貰おう。

「へ?」

 頭の中で意識がぐにゃりと曲がった。 目を開くとチカチカしながら景色がぐんにゃり。 伏せた状態ですら体がフラフラしているような感覚。 

「一体にゃにをされにゃ? おにゃ?」

 意識が真っ暗に沈んでいった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 パチパチと火のはぜる音がする。 一哉は何で眠ってしまったのかと思いつつ身を起し、火のそばに居る誰かに気付いた。

「だ、だれですか?」

「ん? おお気がついたようやの」

 鷹揚に答える初老の男。 先程の塚に近い場所で焚き火をしている。 こんな所に居るとは何者だろう? しかも……隣にさっきのがちょこなんと座っている。

――ケン

 一声啼き、前足でその男の足元をちょんちょんとつつく。 その視線は男の傍らの酒徳利。

「んお? またかい。 おまえもすきやのう」

 そう言ってはいるが男は酒を勿体無意というそぶりもなく、自分の杯にチョロチョロと注いで狐の前にちょんと置く。 嬉しそうにピチャピチャと酒を舐める狐。 何気なくものどかな様子に一哉は気が抜けた。

「すまんな、意地汚い狐が酒を狙っておっての」

 言われた狐がヒョイと顔を上げて、男をじっと睨む。 それが非難だったのかは判らないが、男がスマンスマンと徳利から酒を杯に注ぎ足す。 それを見て狐は又ピチャピチャと酒を舐め始めた。

「ここ、どこです?」

 一人と一匹のやり取りを見ていた一哉がポツリと呟いた……そっと、寂しげに。 一哉がじっと見ていた和やかなやり取りは……現世の出来事では無いと気づいたから。

「ふう、一つ聞いておくんがよ。 お前さん……名は?」

「寄木 一哉と言います」

 男はほう、と一声感心の声を漏らし、顎をさすりさすり……。

「わしは、寄せ鬼の惣介っちゅうもんじゃ」

 ボソリと名乗った。

「寄せ鬼? よせおに、寄鬼? よき よぎ? ああ、鬼が木に変じたんだ」

 一哉がブツブツと考えていると男も同じ事をさっき考えていたのだろう。 ニカッと笑う。

「恐らくそうじゃの。 よい名前じゃ」

 名前を褒められポリポリと頭を書く一哉。

「お前さんは、多分わしの縁者なんだろうの」

「今は? 何時なんです」

 一哉が聞いてみると、惣介からは北条さまがどうのこうのと言う話がでた。 尚も聞いてみると伊勢の某……とか。 北条早雲の話だとすれば、どうも1500年辺りだろう。 500年も前の人間と話が出来るのか……と思っていたら、わしの言葉はお前さんが適当に頭の中で汲み上げていのだと惣介に教えられた。 

「ここは七尾の中に残ったわしの記憶の残滓の中じゃよ。
 わしはな、この土地で七尾と約定を交わした」

 約定という言葉に一哉が反応する。 一体何をしろというのかを聞かなければならない。 もし、とんでもない事なら……。

「約定とはな、わしが死ぬ時はこの地に七尾を繋ぐ。 そしていつか、又わしの縁者が七尾に会いに来るとな」

「この地に繋ぐ?」

「なんじゃ? 知らんのか? 
 寄せ鬼の衆は鬼を迎えて地に根を張らせる。
 鬼を神に変えて祭るんじゃ」

「鬼を迎えて祭るというのは聞いた事が有るけど……土地と結ぶなんて」

「そこに塚があるじゃろ。 そこには地脈が通っとる。 
 そこにわしがな……死んだ後に七尾がわしの繋いだこの土地から力を得てこの土地の神さんになるんじゃ」

 はっはっはと笑う惣介に悲壮感は無い。

「死ぬっちゅうてもな、まだ何十年も生きる気はあるからのう。
 寿命が来たらここに眠るっちゅうだけじゃ。
 後はこいつと一緒にこの土地を見守るんじゃ」

 そう言って惣介は狐の頭をグリグリと撫でる。

「でじゃ、もし……こいつが忘れ去られて、この土地がもう嫌じゃというのなら。
 こいつの事を頼む。
 恐らく……お前さんがここに来たのはそういうことじゃろ?」

 傍らで悲しげに狐が鳴いた。

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「んあ?」

 間抜けな声をあげて、一哉は自分が藪の中にひっくり返っている事に気が付いた。

「夢じゃないよな」

 辺りを見回して先程の焚き火の辺りを見る。 すると狐がジッとこちらを見つめていた。 実体の無い姿の中に強大な力を感じさせるのに……何故かそれは小さく見えた。

「しょうがないか……ご先祖様の約束だもんな」

 荷物を漁り、中から酒瓶を引っ張り出す。

「割れて無くてよかったよ。 取っときの大吟醸だもんなあ。 
 爺さんにもってけって言われたのを邪魔だからって断らなくって……あれ?
 爺さん知ってたなあああ!!!!!
 また騙されたああああああ!!!!!」

 クソクソと地面を拳で殴りつける一哉……狐が呆れて眺めている。 しばらくして何とか立ち直ったのか一哉がモソモソと動き出した。 ちょっと目が赤かったりするのはよほど悔しかったせいだろうか。 取り出した酒瓶とちょっと考え込んだ末に取り出した紙の平皿を並べる。 酒を平皿に注ぎ、自分用には紙コップに注ぐ。 平皿をスッと地面に置くと、狐がそろそろとやってきた。 それを見て一哉は腰に手をやり、何時も収めている折り畳みナイフを取り出し広げる。 刃を眺め人差し指にあてすいっと引く。 プツリと血がにじみ玉になる。 一つ平皿に一つ紙コップに垂らす。 一哉は紙コップを持つと血混じりの酒でピシャリとひと回りの円を書いた。

――ぱん

 手を打つ。

「血を持って地と結ぶ」

――ぱん

「かしこみて奉る。 
 この地に根を張りし―ななおさま―に申し上げる。
 我、わが血の元なる者の約定によりこの地へ。
 約定果たす事望まれるならこの地よりわが血へ」

――ぱん

 円の中にシンとした霊気が満ちる。 狐がスッと平皿に口を寄せる。 血混じりの酒を一口舐め……。

――この地にはもう我を奉るものも守る者は居らぬ。 惣介との日もはるかに遠い。 この地に我が在る理由は既に無い。 約定果たし、我を迎え奉れ。 さすれば我はぬしの力になろう。

 狐の姿が消えた。 山の木々が震え風穴から高い唸りが一つ。 まるで山の主の去り際の声のようだった。 暫しして、死んだように山から音が消えた。 そして……バタリと一哉のひっくりかえる音が最後に響いた。

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「お爺ちゃん。 これ見てこれ見て」

 小さい男の子が読んでいた漫画を老人に見せる。 漫画のページをチラリと見た老人がガクリと頭を落とす。

「一哉……こんなのばっかし見とっちゃいかんぞ。
 ちょっとは子供らしい……いや、もうええ」

 不思議そうな顔で見上げてくる孫の顔に力を落とす老人。

「一磨……ちぃーっと来い」

「な、なんですか? 父さん」

 静かに怒りの滲む祖父の声に男の子の父親がひるみながらやってきた。 

「なんですかじゃなかろう!! 一体お前は一哉に何を読ませとるんじゃ!!」

「何をって、普通の漫画じゃないですか?」

 キョトンとして祖父の怒りの原因に戸惑う父。

「駄目だこりゃ」

 うなだれる祖父だった。 その祖父の着物の端を孫がくいくいと引く。

「なんじゃ? 一哉」

「こんな神さま欲しい」

 ……固まる祖父。 それを見て固まる父。

「蜘蛛さんも百足さんも嫌いじゃないけど……綺麗なお姉さんがいいの」

 ……再び固まる祖父。 それを見て再び固まる父。 ピキッと祖父のこめかみに血管が浮いた。 父は一瞬何かを言いたげだったが、口篭ってしまった。 何気に酷い父である。

「そうじゃなあ。 そろそろ一哉も迎えの時期かの」

「と、とおさん?」

 妙に猫なで声な祖父の声に父の声がひっくり返っている。

「そういえば居るなあ。 それはそれは綺麗な女神さまがのお。
 体が震えて動けなくなるくらい綺麗じゃぞ……会って見るか? 一哉よお」

「ま、まさか。 あの方ですか?」

 父の声が震えている。 だが、一哉はそれには気付かず嬉しげに祖父の言葉に聞き入っている。 これがもう少し年がいっていれば祖父の顔に浮かんでいる表情の意味がつかめたのだろうが……引きつっている顔がまだ笑いにしか見えない一哉6歳の事だった。

――――――――――――――――――――――――――――

 祖父に連れられ、ある山にたどり着いた一哉。 そこは山のあちこちから蒸気と噴煙の上がる活火山のふもとの洞窟。

「ここに神様が居るの?」

 一哉が幼心に辺りの雰囲気を読み取り怯えている。

「おう、相変わらずすげえのぉ」

 祖父が元気な友人を見るように山を見る。 因みに父は勘弁してくださいといって逃げた。

 普通なら立ち入り禁止だろう場所にズカスカ入り込む祖父と孫。 それを迎えるように地響きが続く。

「ここからはお前一人で行くんじゃ」

 ホレホレと孫を押す祖父。

「えー……お爺ちゃんは?」

 一哉は不安さから祖父を見上げたが、祖父はニヤニヤ笑いながら黙って身を翻した。

「おじいちゃーん」

 心細げな一哉の声が洞窟に響く。 仕方なく一哉はおずおずと奥に進んだ。 しばらく進むとそこには広いドーム状に広がる場所に出た。

「うわー」

 感嘆の声が一哉から上がる。 充満する熱気も気にならないのか、辺りを呆然と見回す。 

――何者か?

 一哉の頭に響く声。 寝起きの虎でも、もう少し……という感じの声。

「な、誰?」

――ほう、おまえはよぎの者か?

乱暴というにも生易しい、その声の主を探す一哉に再びの問い。

 「は、はい」

 問われて即座に答える一哉。 その声に応えるようにドームの奥、鈍い赤に染まった石の一部が崩れ落ちる。 そこから這い出てきたものは赤銅色の溶けた岩石。 そして一哉の目にはそれにかぶさって見える別の姿。 それは朱金の輝きを帯びた双眸、照り返しを受けて鈍く輝く赤
鋼の鱗に包まれた蛇身。 自失寸前の一哉にとどめをさすには十分なものだった。

「ヒ……あ……」

 恐ろしかった。 声が出ない。 震えが走る。 思考すら凍る程に。 でも、それでも意識を手放せなかったのは……それが美しかったからかもしれない。 喩えて言うなら断崖絶壁の足場を思いながら見上げる見事な夜空のような物。 当然一哉に身動き一つ取れるわけも無い。 そのまま暫しの時が過ぎる。

――よぎの者がこの地に何用だ?

 かたまり黙る一哉に業を煮やしたのか不機嫌な声が響いた。 一哉は何か言わなければと言葉を必死で探す。 そしてふと浮かんだ言葉に飛びつき口に乗せた。

「あ、お……お迎え」

 頭の中に浮かんだのはこの前の祖父の言葉。 その言葉にこの相手は思った以上の反応を示した。

――お前が我を迎えると……ほう、面白い事をいう。 確かにこの地の守護にも飽いた。 我が身を寄せるも悪くは無い。 しかし、我を奉ることの意味判っていような?

 気に入らなければ取って喰うぞと言わんばかりの意思をぶつけられた一哉だが、そんな事を判断できる状態になかった。 コクコクと頷いてしまうのも責められない。 その様子を見て蛇の無表情がニヤリと笑ったように見えた。 

――我の名はアカガネ、アグニとも呼ばれている。 

「あかねさま?」

 緩んだプレッシャーに一息ついた一哉がポソリと呟く。 その呟きを聞いた蛇が身を揺らす。 

――あかねとな。 またかわいらしい名で我を呼ぶ。 

「ご、ごめんなさい」

――謝る事はない……ふむ、悪くはない。 その名を我の名に加えよう。 これよりその名で我を呼ぶならば我が力をお前に貸そう。

「え?」

――しかし奉りを怠れば……許さぬぞ。

「なに?」

――……。

 声が消えた。 そして蛇の姿がほどけて消える。  
by katuragi_k | 2005-03-05 21:49 | SSもどき
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