―――光だ。
そう誰かの呟きを聞いた。 もしかすると俺自身の呟きだったのか。 だが、どうでも良い事だ。 その時は、みな同じ事を考えていたろうさ。 しかし、何でこんな目に……神さんよ、俺がなんかしたか? ---WIZぽい(ソードスピリット) 「おいザックよ!! どうして俺らはこんな儲けも無しにボロボロになってるんだ? ええ!!」 俺達がへたり込みそうになる体を引きずって、馴染みの酒場で部屋を借りて、崩れ落ちるように一息ついてしばらく、呪い師のブレイが激昂した。 「俺に当たるなよ、今回は俺らの判断ミスもデカイ原因だってのはおっさんも判ってんだろ。 カナタの実力を読み違えたのを棚に上げたり、最近上手く行ってたからって油断してた自分らを認めないって事は、次に死ぬ羽目に繋がるって事だぜ。 儲けが少ない位で済んで良かったじゃねえか」 「ちっ」 ブレイのおっさんは納得いかないようだったが、元よりそんなに怒りが持続するタイプじゃない、吐き出すだけ吐き出して一応は落ち着いたようだ。 厳つい見かけと違い、普段は感情を表に出すことは少ないのだが、今回のことは余程に堪えたのだろう。 そんな俺達二人のやり取りを見て、じっと部屋の隅に蹲っていたもう一人のメンバーが、座り込んだまま両の手と額を音が出るほどの勢いで床にこすり付けた。 「おい、イキナリどうした」 「すみません」 「そんなもん流行らねえ、頭上げろ」 「すみません」 まだ、顔に付いた汚れを落としてもいない刀使いの女、カナタがブレイと俺に向かって頭を下げ続ける。 気分悪げにブレイが顔を上げるように促すが、カナタは「すみません」と繰り返す。 俺は拙いと思ったが、仲裁間に合わず、いったん落ち着いたブレイの怒りがぶり返した。 「すみませんじゃねーや。 俺らは器用貧乏の掃除屋だがな、それでも五階に届きもせずに引き返すなんてこたなかったんだ。 お前さんがあんなふうにトチ狂った理由、きっちり聞かせてもらおうか!!」 カナタはびくりと身を震わせるが、顔を伏せたままか細い声で「すみません」と繰り返した。 ブレイは「話にならねぇ」とはき捨て、部屋の寝床に転がった。 俺は頭を掻き毟ると、似合わないとは思いつつ、顔をぐしゃぐしゃに涙で濡らしながら未だ「すみません」と呟く刀使いの女に歩み寄り、一瞬躊躇いつつも手を伸ばして肩をつかみ、静かに引き起こした。 「なあ、あんまり気にするなとは言えんが、とりあえず汗を流してくるといい。 そんな格好のままじゃ、気も滅入るってもんだろう? 俺らはここの下で飯でも食ってるから」 俺はテーブルにある濡らした手拭を手に取ると、汚れて血の気は失せているものの、端正な美貌に少し怯えた子供のような表情を浮かべたカナタの顔を拭って部屋から送り出した。 しょぼんと項垂れたまま部屋から出て行ったカナタを見送ると、一つため息をついて備えつけの椅子に座った。 「おい、期待の新戦力がガッカリだったのは判るがな。 あんまり当たってやるなよ。 まだガキじゃねえか」 俺は不貞寝している呪い師に向かって、温んだワインの入った水袋を投げ渡した。 「そうは言うがな……」 こちらを見ずに水袋を受け取ったブレイのおっさんは、自分でも思うところがあるのかばつの悪そうな顔をして、温くて不味くなったワインをあおった。 「さ、機嫌直して飯でも食いにいこうや。 今日は家に嫁さん居ないんだろ」 「ああ、実家に帰ってるよ。 師匠の調子が悪いとかでな」 おっさんは既婚者だ。 因みに嫁さんの実家は学者の家で、おっさんは弟子入りした師匠の娘を嫁に貰ったという話だが、あの尻に敷かれっぷりは師匠云々と言う部分もあるんだろう。 「じゃあ、遠慮なく飲めるって訳だな」 「まあ、そうだな」 俺達は階下の酒場へと繰り出した。 酒場は、夜の時間になって大盛況だった。 俺は隅のテーブル席に座って、忙しそうにしているマスターに毎度のごとくの注文をした。 「マスター、なんか適当に飯と酒」 下げ物のついでにこちらへやってきたマスターがこちらを見てにやりと笑った。 「さっきは死にそうな顔をしてたが、意外と大丈夫そうだな」 「うるさいよ。 そんな簡単に死んでたまるか」 マスターは一旦裏手に下がると、酒瓶とジョッキを持って戻ってきた。 「まあ、無事でよかったが。 あんな様子は久々だったな」 「ああ、ここまで酷い目にあったのは久しぶりだな」 ブレイのおっさんがボソリと零した。 「俺と組んでからは八階に罠で落っこちた時以来か?」 「だな」 俺ことザック=バランと呪い師のおっさんブレイ=コーは、かれこれもう三年程組んで迷宮に潜っている。 俺は性根のチキンさ加減のせいで、ギリギリの綱渡りをしながら先へ先へと急ぐのが気に食わず、組んでいたパーティの連中がどう考えても実力不足だと思えるのに、先に進む事を決めたのを機に外れてフリーになっていた。 おっさんは師匠の研究で入用になった品物を迷宮で手に入れようとしたが、人を雇う金がなく自分で潜る羽目になっていた。 話を聞いた酒場のマスターが俺とおっさんを引き合わせたのは、天の配剤と言うやつだったのかもしれない。 俺は力を得る為におっさんに魔術やら知識を習いつつ、おっさんには迷宮での歩き方やら死なないコツを教え、おっさんの探し物や調べ物に付き合いつつ、無理のない場所でじっくりと経験を積んだ。 ぶっちゃけると相当余分な回り道をしているのだが、他にメンバーを入れるつりもなかったので、まあ必要だったのだろうと思う。 結局、何かの依頼でもなければ二人だけで潜り続け、この三年でパーティーとしては古参で実力は中の上と言う位置にいる……二人パーティーなんていうのは俺達だけだが。 そんな、昔の話をしながらちびちび飲んでいると、酒場の入り口で騒ぎがおきた。 「よう、仲間を見捨てたお嬢さんがこんな所で何をしてるんですかー? 一緒に潜ってくれるお人好しは見つかったんですかー? なんだったら、優しい俺達が付き合ってやってもいいんだぜー。 ついでにいい事しようぜー」 癇にさわる調子っぱずれの間延びした声で、酔っ払いが誰かに絡んでいた。 見ると四-五人の集まり、見たことのある顔が二つほど……たしか最近流れてきた連中で、そこそこ名の売れだした奴らだったか? 顔を合わした事は無かったが、あまり行儀のいい連中ではなかったらしい。 何時もなら余程の事がない限り、ギルドの憲兵辺りに任せてしまうのだが……。 「あの馬鹿、何してやがる」 おっさんのボヤキ通り、絡まれてるのは見知った顔だった。 風呂上りか上気した顔が色っぽくなってるせいで、虐めてオーラが倍化されてるようだった。 仕方なしに立ち上がり、俺は酔っ払いに、とっ捕まっているカナタに近づいていった。 連中はこちらに気がついたようで、俺に目を向けてきた。 カナタは俺を見てうれしそうな顔をしたが、迷惑を掛けたと思ったのか一転して沈んだ表情になった。 「なあ、兄ちゃん達よ。 その子は俺の知り合いなんでな、放してやっちゃくれないか?」 俺は友好的に連中に話しかけると、カナタにこっちにおいでと促した。 連中は俺のお願いに一瞬あっけにとられたように顔を見合わせ、次の瞬間大笑いし始めた。 その不意をついてカナタは俺の方へやってきたが、連中はそれを気にする事もなくしばらく笑い続けていた。 「あの、すいません」 相変わらず、謝ってばっかりだったが、美人に頼られ縋り付かれるというのは悪い気分ではなかった。 それにこう、腰を抱いてると妙にしっくりくるというか、収まりがいいというか……なんだかよくわからない感じがした。 いつも腰に下げてる得物を持ってないのに不安を感じないというか……気が大きくなってるのか? いや、それはともかく、さっきの連中の言葉に確認しておかないといけない事がある。 「なあ、連中の仲間を見捨てたとかって話は本当か?」 俺の言葉にカナタが一段小さくなる。 俺の上着を握り締めた拳が真っ白になるほどに力が入っている。 俺は少し待ったが、結局カナタからは「すみません」という言葉しか帰ってこなかった。 俺は仕方なく、相変わらずニヤニヤしている連中に視線を向けた。 連中は俺が水を向けるまでも無く、あちらから知りたい事を教えてくれた。 「先週、俺たちとどちらが先に地下八階へ辿り着くかっていう、最近じゃソコソコ名の売れたパーティが全滅したんだよ。 そのお嬢さん一人残してな」 おいおい、ギルドの紹介の話ではそんなこと一切出てこなかったぞ。 「それも、死にかけを拾われたってんなら話も判るがよ、よりによってその嬢ちゃん仲間放り出して飛翔の護符使って逃げ出したってんだからな。 そんなの引き取るなんて、あんたどんだけ人が良いんだよ」 連中はさらに大爆笑。 流石に俺も言葉が無かった。 パーティって奴を組むとなると、他人同士で命を預けあう事になる。 ゆえにそれなり以上の信頼関係ってものが無ければやっていけない。 そんなわけで、迷宮に潜る連中が俺も含めて守らなければいけない暗黙の了解というものが存在する。 それを守れないということは、信用されないということで、誰かと組むということが出来なくなる。 だから、どんな奴でも最低限の事は守るのだ。 大雑把に言うと二つ。 ・仲間を見捨てない。 ・迷宮で救いを求められたら出来る限り、力を貸す。 出来る範囲というのが曲者だが、いつか自分がという時の為に、どんなやくざな奴でも気にする大原則だ。 それをこのカナタが破ったというのなら、確かに俺とおっさんは知らずとはいえ、問題のある存在を、ギルドの言うままにパーティに加えたお人よしということになる。 それで、今日みたいな目にあってるとなれば、笑いも出てこない。 「おい、今の話は本当か?」 「……」 カナタの言葉は無い。 「おいおい、本当に知らずに引っ張り込んでたのか?」 連中の笑いがやんだ。 「幾らなんでも気の毒すぎるぜ」 連中の呆れたような、哀れみを感じさせる声にカナタが激発した。 俺を突き飛ばすようにして離れると、握り締めた拳を振り上げ、連中に向かって叫びながら向かっていった。 しかし、同じ前衛職で同レベルの相手にそんな状態で向かっていってどうなるものでもなく、連中のうちの一人がニヤリと笑ってカナタを迎え撃った。 カナタの振り上げた拳を軽くすかし、そのまま足先を引っ掛けて突き飛ばす。 倒れながら、地に手をついて即座に起き上がり、また向かっていく。 その時の叫びは「私だってあそこで死ぬつもりで居た」そう言っているように聞こえた。 そして、その怒り、殺気に反応したのか、遊び半分で居た連中の中から、リーダー格だろう男が一歩前に出、カナタとケリをつけるべく正対し、腰を落とした。 「ありゃ、少々出来が違うな」 いつの間にかブレイのおっさんが俺の背後に立って、カナタと男を眺めていた。 「判ってんなら、止めろよな」 「おいおい、おりゃもう体ガタガタなんだよ」 首をポキポキ鳴らすおっさんにムカついたが、しょうがない。 カナタが一歩踏み出す。 男が拳を引く。 俺は手持ちの魔術からたまたま使いそびれた「革肌」「閃き」「瞬き転移」を準備後即起動して、カナタと男の間に割り込んだ。 「イテェ」 俺は酒場の二階で呻いていた。 「すみません、すみません」 カナタが濡れた布巾を絞りながら、俺の紫色に変わった顔面をなでる。 「いい顔になったなあ」 ブレイのおっさんが笑いながら、俺の顔を魚に酒を飲んでいる。 さっきの喧嘩、割り込んで両者の拳を受け止めることには成功した……顔で。 無駄にクリーンヒットした二人の拳が俺の意識を断ち切る寸前、両者の顔を一瞥し、男には「色々聞かせてもらったが、後はこちらの話だ。 スマンが引いてくれ」と、カナタには「キッチリ聞かせて貰うからな」とカッコ付けた所で記憶が途切れている。 「なあ、「気休めの治癒」でもいいから無いのかよ」 「無いな。 大体玉数はお前の方が多いだろう。 俺に神術のストックは期待するな」 「俺の気力はさっきので尽きた」 「なら諦めろ」 うぐう。 「あの「小治癒」のポーションなら」 「「勿体無いわ!!」」 カナタが荷物から引っ張り出した薬ビンに俺たち二人で突っ込んだ。
by katuragi_k
| 2008-08-15 07:34
| SSもどき
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